第8代皇帝であった徽宗の9男 {高宗・歴史・文化}

高宗は南宋の初代皇帝で、北宋の第8代皇帝であった徽宗の9男。

実子に趙がいたが嗣子が無いまま高宗より先に死去したため、その皇統は断絶することとなった。

北宋時代には康王に冊封され、1126年には大元帥に登用されている。

翌1127年、金軍の侵攻により、父である徽宗と長兄の欽宗、そして愛妻の-氏が金軍により北方に連れ去られる靖康の変が発生した際に南京に逃れた。

その地で哲宗の皇后で、皇帝の不興により皇后を廃立され尼となっていたため金に捕らえられずに無事であった孟氏を利用し、その指名を得て皇帝に即位した。

これが南宋の起源である。

しかしこの即位の手続きについては宮廷の一部からその正当性に疑問があるとされ、即位した地位は宮廷で確立したものではなかった。

このため兄である欽宗を金側が送還させようと申し出て来た時も、高宗は皇帝地位が動揺すると考え欽宗の帰国は許可しなかったとされる。

その一方正妻の憲節皇后に関しては積極的であったが、憲節皇后は五国城で病没し、高宗を落胆させた。

正妻に関してはその後呉氏を皇后に立てた。
update:2010年03月09日